蓋もの、とは

2020年3月9日月曜日

食事

料理人の世界では、「蓋もの」という言い方がされることがある。


「煮物」に始まって「焼物」という言い方がある。「揚げ物」というものさえ近代ではある。


「煮物」、「焼物」、「揚げ物」は調理の方法を指している。
 然、「蒸し物」というものもある。



これに対し、まるで連想のように「蓋もの」という言い方がある。



 実はこれは調理法のことではない。

 蓋がついた器で出されるもの全般に言われることで、茶碗蒸しに蓋がついていれば蓋ものでいい。
 字部煮が蓋付きで出されても蓋ものには違いがない。



 蓋は吸い物に限ることではない。

 「吸い物」というのは、要はスープに仕立てるという調理法の意味だ。



 蓋ものという呼び方の心とは、「熱々のものをいただいてもらいたい」という、趣向から来たものである。

 だから蓋がついているし、蓋を取れば熱々の湯気が出ますよという警告でもある。



 和食、日本食では湯気がモクモクと出るような料理もまたよしとしない。

 湿度の高い日本では湯気はあまりよいものではない。
 品があるものとはされない。


 田舎者なら土鍋から湯気がもくもくと立ってみんなでつつく、それもよいだろうが、武士ならばそれは下世話というものだ。

 好物のものに喜んで舌鼓を打つようなことはしない。



 準備を重ね、器を考慮し、これぞという形で料理を出して食べるのが日本の料理の食べ方の基本だ。

 だから、基本は湯気が出ているようなものより少し冷めているぐらいのものを食べる。



 しかし、それだと全てが何まで冷めているものしかないということになる。

 もてなしからすれば物足りない。


 だから蓋をして出す。

 「蓋もの」として、「この料理は熱々だ」というサインを送る。

 「熱くしてある」、それが「蓋もの」という言葉の極意だ。



 この種のサインはあちこちにある。主人から送られれば客はそれを理解する度量がなければならない。


 言葉だけでなく、形や所作、器から意味が伝えられる。料理や茶の湯ですら油断がならない。




 我々はそのサインを見逃さないようにしなければいけない。
 
 時にはそれがために命を落とす。