茶碗を回す

静かに魂を鎮める新年

 正月はまだ何も起きていない。始まったばかりだ。  だから静かに食事をし、慶事ということで色んなめでたいことに手をつける。  それでもそれで騒ぐことはない。  要するに、静かに魂を鎮めるのが正月ということ。  だから、この年始によくあちこちで茶会が開かれ...

武士道

謹賀新年

あけましておめでとうございます。  年末に立ち上げたこのブログですが、見事にアクセスもなく、アラビア湾に流された海賊のように、孤独。いよいよ飢え死にというぐらいの孤立。  もっと武士道に通じる茶道をご説明したいと思いつつ。  本年も読者が...

武士道

相手の必ず目を見て頃せ

 最近、よくアメリカの兵隊が帰ってきてPTSDになったという話がある。  ベトナム戦争の頃よりもてきめんな率なのだそうだ。  アフガンに行ったかイラクかは知らないが、戦場体験がトラウマになって苦しみ、自ら命を立つ者もいる。  頃す時に相手の目を見ていないからいけ...

玄関から庭へ

玉砂利は踏んではいけない

 先日、踏み石をゆっくりひとつずつ歩く、それが茶会へ臨もうとする客がリズムとペースをしつけられているのだ、ということを書いた。  そして主人ならその茶室をよく理解して、茶会を仕立てなければならない、と。  もちろん。だから、玉砂利は決して踏んではいけない。  玉...

茶室でのこと

一輪挿しの花のこと

 茶室には一輪の花が挿してある。  活けてある花ではない。  茶室の花はそこに一輪だけ、そっと挿してあるだけだ。  美しさをめでるという意味はない。  茶室を洒落たデザインにする意味でもない。  それは生命を茶室に呼ぶための呼び水のようなものだ。  触媒...

玄関から庭へ

踏み石のこと

 茶室へ向かう時、寺でもどこでも、大きな庭を横に眺め、そして踏み石を踏んで向かう。  この踏み石というのが若い頃は苦手だった。  なにしろ歩幅が狭い。  そして置いてある石の間隔がいかにも中途半端に感じるから。  ひとつ飛び越して歩こうとすると撒かれた石を踏ん...

茶室でのこと

人の仕事を知っておくこと

 今でこそあまりないことだろうが、昔は見当違いな人にモノを頼むと露骨に嫌な顔をされたりした。  店員に売り場など尋ねれば案内係がいるじゃないか、そんな顔をされた。  あるいは、どうみても担当ではなさそうだが、どうせ同じ社員だろうと、探すのを怠けて頼みごとなどすれば、「...

茶室に独り

拭くということ

使った茶碗を布巾で拭く。  盆や茶匙を拭く。  金子銀子の螺鈿や漆もある。  茶碗にしても湯で洗ったのだから汚くはない。  減る。  痛む。  だから、拭くというのはそのフリ、所作をするというだけだ。  始末をつけるという心構え。  それを客に見...

茶室に独り

手を洗うということ

手を洗う。  あまり洗わないようにした方がよい。よく考えてから手を洗うよう習慣づけた方がよい。  とにかく洗うという気持ちがあったら、一度見つめ直した方がよい。  マクベスのように強迫観念から、手が汚れていると感じるのだ。  どこかしら後ろめたいことがあるのだ。...

茶碗を回す

裾を払って座る

 座る時、裾を払う。  着物でなくズボンであっても、裾を払う仕草だけでもするとよい。  そうすると着物でなくとも着物と同じ心構えが得られる。  自分の裾は払われるもの、敵に狙われるものだ。だからこちらからあらかじめ払っておいて狙われないようにしておく。 ...