のぼり

2020年11月8日日曜日

古式生活 江戸時代 武士道

 日本人は古来から「のぼり」が好きだ。

 選挙で、商売で、広場で、公共のイベントの現場でその告知で、のぼりは現代でも日本のあらゆるところで活躍している。

 日本を訪問した外国人はこの風景を見るとたいてい驚く。


 その、領地を宣言しているようなまがまがしさに、日本人の内面の厳しいものを感じるからかも知れない。


 これだけあからさまに、店のテリトリーを表明したり存在意義を示そうとしたり、のぼり、つまり旗が活用されるような国というのはあまりない。


 例えばアメリカでは、看板に工夫を凝らされて部外者にも地元民にも店が分かるように示されていたりするが、それは一種の胸の「バッチ」のようなものだ。


 現代の我々が会議やコンファレンスなどで名札入れを配られて名刺を入れたりする。

 建物への入管証などをぶら下げていたりする。

 看板はその程度のものだ。

 ああした看板というのは、アメリカンアートの格好の素材にもなっていて、多くの人々に慕われ、親しまれている。


 アメリカで暴動があって略奪や破壊があっても、「看板を壊す」ということはあまり行われなかった印象がある。





 もちろん、国道沿いに大きな看板があったりするが、そうなるとどちらかというと「宣伝」のようなもので、「のぼり」のような「領地」や「テリトリー」という印象はない。



 ヨーロッパに目を移してみると、欧州では看板すらあまり見かけない。


 都市部はともかく、郊外では店などは地元の誰もがその所在を知っているはずだという前提があり、のぼりどころか看板すら出されていないことが多い。


 欧州の店というのはレストランにしても日用雑貨店にしても、昔からどこもひっそりとしていて分かりにくいものだ。

 それが部外者と地元民のためのハードルでもある。これが大戦中のドイツの侵攻の時などは多いに役立ったりもした。


 今も欧州では伝統的に、むやみに看板を出すことはない。

 法律でそれがわざわざ禁じられているところもある。



 こうして考えれば、誇らし気にあちこちにはためく日本ののぼりというのは不気味だ。


 特に現代では宗教的なものなのか政治的なのか、営業的なのか一瞥しただけでは分からない。


 何かの警告である場合もあれば営業である場合もあり、公共の告知さえのぼりで行われ、全てが混在となっている。

 ちょっとこんな風景の見られる国はそうないかも知れない。



 もちろん、これに驚く外国人の感覚は間違ってもいない。


 のぼりは「軍旗」でもあり、戦さにおける陣地の明示でもある。

 激しい戦いを繰り返してきた日本の歴史から続くまがまがしいものには違いがない。

 戦乱と血の粛清の歴史を思わせるには十分である。


 その旗がはためいている場所はそこが制圧されていることを意味するし、そこが周到に反撃の用意がされている敵の陣地だと遠目にも分かる。


 しかし、実はその場所はまだ陣地として整ったものではないかも知れなく、ただ旗があるだけかも知れない。

 少なくとも「のぼり」がはためいているということはあるのだから、そこにに敵勢力がいることは事実だろうが、その下で陣営がどの程度整えられているかは分からない。


 だから先に「のぼり」を立ててしまい、威嚇したり勢力の整っていることを誇示したりする方法も取られたする。

 先に領土を広げたと「勝利宣言」をしてしまえば、相手をひるませることができる。最近もどこかで聞いた話ではあるw。



 「のぼり」は戦さにおける心理戦の道具でもあった。


 トランプの駆け引きのように、のぼりは情報という武器であった。



 もちろん、「トランプ」と言っても、これは2020年米大統領選のことだけではないし、トランプ氏やバイデン候補のことではないが、あちらでも様々な駆け引き、同様の権謀術数が飛び交っているようだがw。



 「旗幟鮮明」という言葉がある。

 「旗幟鮮明にせよ」と言う。

 これは、「自分がどちら側につくのか、旗印を明らかにして立場を明確にせよ」という言い方で使われることが多い。


 その「旗」というのは、もちろん自分らにとって大事な軍旗ということである。

 小早川ならその軍旗、のぼり、三成ならその軍旗というこになる。


 反旗を翻して敵側につくとなれば自軍の旗を逆さにしたりとやった。

 まさに「のぼり」が勝敗の鍵にもなったのである。


 関が原ではそのようにのぼりが使われた。

 

 我々日本人というものは、必ず何らかの旗印の下に生きる。


 フラフラとどこにつくか、何のために生きているか分からないような者は蔑まれる。

 生きる者すべてが何かのために生き、必ず何かのために死ぬ。

 それは「大義名分」という言い方をしてもいい、それを示すために古来から我々にはのぼりが必要だった。


 古来、そうした戦乱でのぼりを担ぐ役回りは栄誉なこととされた。

 時代によっては旗持ちは「斥候」、すなわち偵察役を務めたりもしたが、それでものぼりを担ぐ精神は古来からあまり変わらなかった。


 どだい戦国時代末期などは鉄砲が伝来し、すでに鉄砲による戦術が確立されていた時代である。

 そこでわざわざ敵から目立ち、遠くから狙われる怖れのあるようなのぼりを捨てずに掲げたのである。それだけでも「のぼり」には別の意味があったとわかる。


 大義なくば立てないのである。

 「のぼり」はその大義の証しでもあった。


 日当で借り出されるような、末端の足軽、百姓出身者らにとってはこの役回りを得られることは取り立てられる重要なチャンスでもあった。


 旗持ちはその軍を代表する重要な役回りであった。

 


 日本人に好戦的な性質があるかどうかは別としても、日本の戦さに対する考え方は独特のものがある。


 我々はのぼりを見て、その旗幟鮮明なるを知る。

 そこに集まるつわものどもをお互い知る。

 その上で、大義と大義がぶつかり合う。

 その堂々とした戦いにこそ死ぬ値打ちが生まれた。

 それが日本の魂である。


 「のぼり」というものについて、「日本人の戦う心を象徴するものだ」と考えれば、それは簡単に首肯できることだろう。


 古い既存の価値感に対して行政が挑もうとする時、「ここは歩行禁煙エリアです」などとのぼりを立てる。

 顧客に自分の店をアピールして他店と営業を争う時、店ののぼりを店頭に立てる。

 候補者がのぼりを立て選挙戦の中、自分をアピールする。それこそ戦国時代さながらに背中に候補者がのぼりを背負ったりする。彼らは選挙戦を戦う


 青空の下、広場でなんらかのイベントが行われている時、のぼりを立て、余計なクレームを想定して告知する。

 そこにはクレームに対抗する意味がある。「今は許可されたイベント中です(少し辛抱ください)」と、やや威嚇的な意味が含まれてもいるのだ。



 敗戦後、「国旗」という形で「のぼり」が薄まって西洋化され、「戦い」という面が薄まったというのに、国旗掲揚に反対する人々がなぜかいるが、勘違いしているようなところがある。


 そのような主張は実は極めて好戦的で、異質なものを排除しようという社会を望んでいるからとしか言えない。


 だから、共通の象徴となるような「国旗」を唾棄しようとしているのだと言える。


 そして、逆にそうした人々は、古式の由来のごとく「のぼり」というものをよく使う。



 それはもちろん、建前で言われるような「平和」を決して意味はしていない。


 「平和」や「男女同権」を旗印にした戦いであり、彼らは戦さを望んでいる。

 戦さは厳しいものだ。

 戦いには血が流れる。人を傷つける。それに配慮などしてはいられないのだ。


 国旗のような曖昧な共同体の象徴を拒否し、のぼりを掲げて主張をする人々というのは、混乱と騒乱、犠牲さえも覚悟しているからにに他ならない。





 敵視や対立、戦さのための旗印、そのためのものが「のぼり」なのだ。


 この意味では、彼らも潜在意識で古式に従っていると言え、決して間違ってはいない。


 彼らも他の言論を抑え込もうとし、戦さを仕掛けているのだから。